勝手に僻地散歩



茶臼山 堀越神社にいってみた その2

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堀越神社に来ている。

堀越神社のご祭神、崇峻天皇とはどのような人物であったのか、そしてなぜこの神社に祀られているのだろうか。

この問いに答えるのは容易ではない。何しろ資料が少ないのである。崇峻天皇が生きた6世紀当時に書かれた歴史書は残っていない。最も古いのは712年に完成したとされる古事記、そして720年に編まれたとされる日本書紀で、いずれも592年に没した崇峻天皇の時代とは100年以上の隔たりがある。つまり、現存する最古の文書はすでに崇峻天皇を直接知る者がいなくなった時代に編まれたものなのである。文献の研究はかなり進んではいるが、記述の乱れもあり、6世紀日本の風景は時の流れの彼方に霞んでいる。

文献資料がどれだけ少ないかということは、現在にまで伝わる日本の古文書の一覧を見るのが一番いいだろう。

f0008679_22121871.jpg712年:古事記
太朝臣安萬侶(おほのあそみやすまろ、太安万侶(おおのやすまろ)によって献上された日本最古の歴史書。上・中・下の全3巻。現存する最古の写本は14世紀(1371-2年)に宝生院の僧賢瑜(けんゆ)が書写した古事記賢瑜筆(真福寺本)。3帖のみ現存。1951年(昭和26年)に国宝に指定されている。
<写真:古事記 賢瑜筆(宝生院蔵)、愛知県HPより>

f0008679_001817.jpg720年:日本書紀
伝存最古の正史。舎人(とねり)親王らの撰。神代から持統(じとう)天皇の時代まで全30巻、系図1巻。系図は失われた。現存する最古の写本は9世紀のもの、奈良博物館所蔵。
<写真:日本書紀 巻第十残巻、奈良国立博物館蔵、奈良国立博物館HPより>

733年:出雲国風土記
現存する風土記の中で一番完本に近い。記紀神話とは異なる伝承が残されている。元明天皇が編纂を命じ、聖武天皇に奏上されたとされる。最古の写本「細川本」は16世紀(1597年)のもの。

f0008679_23221973.jpg759年:万葉集
日本に現存する最古の歌集。編者は大伴家持との説が有力である。全20巻。最古の写本「桂本」は11世紀中頃のもので巻4しか残っていない。
<写真:桂本万葉集巻第四断簡(栂尾切)、MIHO Museum所蔵、MIHO Museum HPより>

f0008679_23311562.jpg 797年:続日本紀
勅撰史書。編者は菅野真道。697年から791年まで95年間を扱っている。全40巻。最古の写本「駿河御譲本」は13世紀後半のものと推定されているが巻11から40までしかない。名古屋市蓮左文庫所蔵。
<写真:続日本紀「駿河御譲本」、名古屋市蓮左文庫所蔵、名古屋市蓮左文庫HPより>

807年:古語拾遺
天地開闢から749年まで記されている。古斎部広成が編纂。記紀にも見られる古伝承のほか、斎部氏に伝わる伝承も含まれる。全1巻。最古の写本は、卜部兼直が嘉禄元年(一二二五年)に書写した嘉禄本(天理図書館蔵)。
815年:新撰姓氏録
各氏族を皇別、神別、諸蕃に分類している氏族の名鑑。全国(五畿七道六十六ヶ国)にまたがっていたとされるが、現存するのは左京・右京と五畿内分のみ。本文も失われ、目録だけの抄記(抜き書き)のみ残存する。最古の写本は、室町初期の菊亭文庫本。
807-833年:先代旧事本紀
天地開闢から推古天皇までの歴史が記述されている。全10巻。序文など信頼に欠ける記述が見られる。記紀、古語拾遺のつぎはぎであるが、独自の伝承や神名も見られる。また、物部氏の祖神である饒速日尊(にぎはやひのみこと)に関する独自の記述が特に多く、現存しない物部文献からの引用の可能性もある。資料的価値があるかどうかは論争有。編者不詳。

以上である。つまり、古代日本を描写する文献で、オリジナルの形で残っているものは皆無である。残っている最古の写本の時期も見れば、いかに古代日本が闇に閉ざされているかが分かる。
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by iyasaca | 2008-07-26 00:25 | 大阪
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