勝手に僻地散歩



青森県三戸郡新郷村 キリストの墓にいってみた その1

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青森県三戸郡新郷村戸来に「キリストの墓」がある。
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県道沿いに入り口があり、丘の上にキリストの墓と資料館がある。

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キリストが生きた時代と言えば、日本では弥生時代中期にあたる。現存するこの時期の書物は日本にはなく、考古学的な痕跡を洗う以外に方法がないはずだが、園内の案内板や資料館内の説明は確信に満ちている。その内容をかいつまんで紹介する。
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<写真:奥がキリストの墓である十来塚、手前はイスキリの墓、十代墓>

説明によると根拠となっているのは、竹内文書(たけうちもんじょ)と呼ばれる古文書にある。神代文字と呼ばれる象形文字のようなもので書かれた竹内文書を解読した竹内巨麿氏は、1925年この地を訪れ、キリストの墓を捜索した。ほどなく、文書にある通り、新郷村でイエス・キリストの墓を発見した。

さらに竹内文書には衝撃的なことが書き連ねられている。イエスは21歳の時に初来日し、12年間神学について修業を重ね、33歳の時にパレスチナに戻り、神の教えについて伝道を行ったが、弟イスキリがゴルゴダの丘で身代わりに磔にされ、処刑されたことを機に再来日し、ここ新郷で106歳の生涯を閉じたのだという。

エルサレムから青森県新郷までは直線距離で約8,900キロ。経由したであろうユーラシアの地にはイエス・キリストが立ち寄ったという記録はすべて失われたようだ。弥生時代中期、アラム語かヘブライ語しか解さない人物が日本に到達するまでの道程はさぞ大変だったことだろう。聖者でなければ不可能である。

今でも新郷では、毎年6月第1日曜日のキリスト祭では神道式の慰霊祭が行われ、ナニャドヤラの唄と踊りが奉納されている。
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by iyasaca | 2011-11-05 09:43 | 青森
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知ることで景色が変わる。誰にも頼まれてないですが、あちこちにいってきます。
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