勝手に僻地散歩



荒神谷遺跡にいってみた その3

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荒神谷から出土した358本の銅剣について、もう少し続ける。

出土した銅剣で目につくのは柄の部分についている×印である。その形状から鋳造後に鏨(たがね)状の工具で刻まれたと考えられている。刻印が認められたのは358本のうち344本。両面に刻印されている剣は2本(C27、C67)、残りの14本のうち、確実に刻印がないとされるのは3本(B8、C26、C79)のみだった。刻印入りと刻印なしの銅剣はランダムに埋められており、並びからは規則性は見出せない。

×印は比較的単純な記号であるので、他にも同じような出土品があるのかと思ったが、青銅器に限って言えば、他には加茂岩倉遺跡で出土した銅鐸で確認されているのみであるらしい。青銅器ではなく、土器や骨角器であれば他の遺跡からの出土例はある。

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当然×は何を意味するのだろうかという疑問が生じる。結論から言えば確定的なことは分からない。しかし、×印について梅原猛氏(国際日本文化研究センター名誉教授)が、面白い解釈(梅原猛『葬られた王朝―古代出雲の謎を解く』(新潮社、2010年))をしている。

アイヌや琉球民族に残っているという縄文人などの古日本人の生活慣習から当時の出雲人の行動様式を推測するくだりで以下のような趣旨の記述があった(正確な引用ではない)。

(古日本人にとって)あの世とこの世はあまり変わりがないが、全てがあべこべであると考えられていた。例えばこの世の夏はあの世の冬、この世の夜はあの世の昼、着物の交差も右前、左前が逆、茶もお湯でなく、水で飲むとされている。この考えを敷衍すれば、この世で不完全なものはあの世では完全という考え方につながる。アイヌには、葬式の際に故人が持っていた茶碗を割る風習が残っているらしい。あの世で故人が完全な茶碗でお茶を飲めるようにとの配慮である。

f0008679_22571438.jpg梅原氏はさらに土偶が何であるかについて論を進めている。少し脱線するが面白い話だったのでここで紹介したい。

教科書や駅のポスターなどで目にするあの土偶に見られる奇妙な風体は「あの世とこの世はあべこべ」という視点で見ていくといろいろと説明がつくらしい。
<写真:左足が欠損した土偶>

土偶にはいろいろな形状があるが、共通しているのはどれも成人女性をモチーフとしており、子供や老婆の土偶はない。また多くはこの世のものとは思えないような顔をしており、一部が意図的に破壊された上埋葬されている。胎児を宿したかのような膨らみがある土偶もあり、また腹部に真一文字に引き裂いたような跡がある土偶もある。

これらは何を意味するか。

梅原氏は「土偶は腹を割かれて死んだ妊婦の像」と推測している。妊婦が胎児とともに葬られるとき、その妊婦が完全な人間として再生できるようにばらばらにして埋められる。あの世とこの世はあべこべであるがゆえに、死者に供えられるものは壊したり、焼かれたししなければならなかった。銅剣の×印もあの世で完全なものを手にしてもらうために、わざと傷つけられて埋納されたのではないかというのが梅原氏の見解である。

古出雲人とアイヌ・琉球とを単純に結び付けられるかという前提から、論の展開までは飛躍もあり、学問的には成立しづらいとは思うが、素人が当時の生活を想像する縁としてはいい材料とは言えよう。

少なくとも、当時間違いなく稀少品であった青銅器を生産する、生産できなかったとしてもそれを相当量集めることができるほどの力を持った勢力がこの出雲の地に存在したということは確かであろう。

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by iyasaca | 2011-01-22 22:02 | 島根
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