勝手に僻地散歩



自由学園明日館にいってみた その1

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池袋の駅から西に少し入ると、駅前の喧騒が嘘のように静かな住宅地が広がっている。その住宅地に、20世紀初頭に活躍した世界的な建築家フランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright)の作品が残されている。自由学園明日館(みょうにちかん)である。

自由学園は、クリスチャンである羽仁吉一、もと子夫婦が1921年4月15日に高等女学園として創立した学校である。学校名の由来は、ヨハネによる福音書8章32節にある「真理はあなたたちを自由にする」にある。自由学園最初の入学式の際には、まだ工事が完了しておらず、教室は「荒壁が残り木部の塗装もされていなかった」状態であった。中央棟が完成したのは1年後のことである。

後に幼稚園から大学まで一貫教育を行う学校となった自由学園は、大正デモクラシーの隆盛を背景に、1920年代から30年代初頭にかけて一世を風靡した大正自由教育運動の影響を色濃く受けている。教育改造運動・新教育運動とも言われたこの運動は、詰め込みや画一教育を否定し、子供の関心や感動を中心に自由で生き生きとした教育体験の創造を目指していた。自由学園の生徒は、校内の維持管理や昼食の調理を自らの手で行うなど、従前の教育機関から一線を画する「自労自治の精神」に基づく独自の教育スタイルを採り入れている。ちなみにオノ・ヨーコや坂本龍一は自由学園の幼稚園(自由学園では幼児生活団と呼ぶ)出身である。

f0008679_0275117.jpg折から帝国ホテル設計のため訪日中だったライトは、助手の遠藤新を介して自由学園の教育理念を知ったと思われる。羽仁夫婦の友人でもあった遠藤新は、ライトと羽仁夫婦を引きあわせている。その教育理念に強く共感したライトは、自由学園の校舎の設計を引き受ける。「簡素な外形のなかにすぐれた思いを充たしめたい」という羽仁夫婦の思いをもとにライトが設計した自由学園の工事は1921年1月に着工、校舎群が完成したのは1927年のことである。1934年に自由学園は東久留米市に移転したが、ライトの残した旧目白の校舎群は後に重要文化財に指定され、今は一般公開されている。
<写真:フランク・ロイド・ライト、Portrait photograph of Frank Lloyd Wright, Library of Congress, 1954, Public Domain>
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by iyasaca | 2010-07-10 23:20 | 東京都豊島区
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知ることで景色が変わる。誰にも頼まれてないですが、あちこちにいってきます。
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