勝手に僻地散歩



パラオにいってみた その4 コロール海軍墓地

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コロールを東西に貫く唯一の幹線道路を東に走るとほんの10数分で島の東部に到達する。南洋神社にいたる南に折れる脇道を過ぎて、さらに東に走り、北に折れると、海岸へと続く簡易舗装されたなだらかな下り坂が現れる。坂を下ってすぐ左手にコロール海軍墓地がある。

道路と墓地の間は、低い石垣と植樹されたと思われる木々と隔てられている。この土地は、コロールのアイバドル大酋長から日本が無償で提供を受けたものであるという。1917年に現地で亡くなった海軍下士官を埋葬したことを契機に斜面が段々に整地された。現在では海軍士官・下士官・軍属、パラオで開拓・漁業に関連する民間慰霊碑や墓碑が並んでいる。墓地の正面に立つこの海軍の碑はどこかに転がっていたものを持ってきたのだそうだ。
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<写真:小さくて見えないが、「白蝶貝取扱業者の碑」とある>
戦後も日系人の墓地や多くの部隊、学校等の慰霊碑が建立されている。多くの碑は斜面の向こうに広がる海を向いて建てられている。この海の遥か北に日本列島がある。この地で斃れ、日本の土を踏むことができなかった英霊に思いを来してのことであろう。
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日本が引き揚げて以降、墓地の管理は日系人のアソシエーションであるパラオ・サクラ会が行っている。南洋に特徴的な生育の早い雑草狩りや清掃作業を年に4回ほど行うなどの維持管理がなされてきた。近年は会の高齢化が進み、また日本からの訪問頻度も高齢のため少なくなってしまい、現在ではコロールの名士に管理を委託しているという。ご覧の通り、墓地は綺麗に管理されている。その好意は大変ありがたいが、日本大使館はいったい何をしているのだろうか。以前にコヒマを訪問した際も、英印軍の墓地は立派に整備されている一方、彼の地に散った日本の英霊は激戦地にほど近いロトパチン村の好意に頼りきりで、日本大使館はほとんどやるべきことをやっていなかった。パラオの老人は「日本人は武士道精神を失った。親や祖先を大切にしない」と嘆くというが、自分も含めて過去とのつながりに淡白になっている。

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遥か日本を臨む斜面に広がるそれほど広くない敷地に無数の碑が立っている。中にはキリスト教式に葬られている墓やハングルで書かれた碑もある。朝鮮から渡ってきた労働者のお墓だろうか。
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by iyasaca | 2009-07-25 23:31 | パラオ共和国
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知ることで景色が変わる。誰にも頼まれてないですが、あちこちにいってきます。
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