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コタキナバルにいってみた-アトキンソン時計台

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さて、コタキナバル市内をうろうろしてみる。
まずは丘の上に聳えるアトキンソン時計台に向かう。1902年に着工したこの時計台は3年の歳月の後完成する。元々は1902年に28歳でマラリア(ボルネオ熱)にて夭折したジェッセルトン初代地域総監のフランシス・ジョージ・アトキンソンを偲んで建設されたものである。市民の募金によって建てられたこの時計台は、当時はミラボー材で建てられていた。

時計台が動き始めたのは1905年4月19日のことである。建設当初は高さ15.7メートルの時計台であったということだが、市庁によって修理・改修が繰り返されるなかで外観は大きく変貌し、1959年のコタキナバル市60周年式典の際の改修を経て、現在の形となった。アトキンソン総監の母の寄贈による二面時計も1964年の改修作業の際に取り替えられ、1979年には保守点検作業の管轄がサバ博物館に移管されている。コタキナバルに残る最も古い建物の一つであるということで、1983年8月に文化財(government reserve)に登録、1998年には文化遺産(Heritage site)に、現在も近傍の船舶の航行をナビゲートする灯台としても機能している。
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次回は市内を抜けて世界遺産のキナバル山(の麓)に向かう。
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by iyasaca | 2009-04-04 12:01 | マレーシア | Comments(0)

コタキナバルへいってみた

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ここは東マレーシアの景勝地、コタキナバル。

東シナ海に浮かぶ熱帯雨林に覆われたこの大きな島はマレーシア、インドネシア、そしてブルネイという3つの国の領土となっている。島の北部は世界自然遺産にも登録されている標高4,000メートルを超えるキナバル山が聳え、中央部は深いジャングルに閉ざされている。バンジェルマシン、バリックパパン、サマリンダ、モステン、タワオ、サンダカン、クチンなど大きな町はすべて沿岸部か川のそばに位置している。

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サバ州の州都でもあるコタキナバルは、背後に丘が迫り、町は海岸に沿って細長く延びている。沖合いには美しい珊瑚礁で知られるガヤ島を臨む。中心部から少し離れると海水浴ができる砂浜もあり、リゾート系のホテルも多い。太平洋戦争で徹底的に破壊されたこともあり、町並みから歴史は消え失せ、すっかり近代的な佇まいとなっている。

ボルネオ島は17世紀から18世紀にかけて進出してきたオランダと英国によって勢力争いが繰り広げられてきたが、1824年に両国は、北部を英国、南部をオランダが支配することで合意し、英蘭条約(Anglo-Dutch Treaty)を締結した。

北ボルネオを確保した英国は、やがて特許会社に経営を委託する。1877年に設立された英国北ボルネオ会社(後に英国北ボルネオ特許会社、British North Borneo Chartered Company、特許会社となったのは、1881年。)は、スルタンとの間に年賦賃借料を基礎とした永久賃借権を締結して以降、領有地の拡大を進めた。特許会社とは、英国枢密院の諮問を受け、イギリス国王が発行するRoyal Charterが付与された会社のことで、外交安保を除く、あらゆる統治権が与えられていた。株式会社と聞くと私などは、トヨタやソニーを思い浮かべてしまうが、北ボルネオ特許会社は、国家(正確には植民地)経営の主体であり、軍隊こそ持たないものの、警察機能を持つ巡憲隊、通貨(海峡ドル、Sraits Dollars)を発行する国立銀行、郵便局などの公共サービスなどを提供できる総督府のような強大な権限を持っていたのである。英国は1898年9月にはさらにブルネイ王国、サラワク王国を保護領とし、植民地経営に邁進するのである。
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by iyasaca | 2008-11-15 21:58 | マレーシア | Comments(0)


知ることで景色が変わる。誰にも頼まれてないですが、あちこちにいってきます。
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