勝手に僻地散歩



タウンジーにいってみた

f0008679_21374178.gifヤンゴンから北東へ1時間15分。シャン州の州都タウンジー(Taunggyi)へいってみた。最寄の空港はヘーホー(Heho)。ヘーホーの飛行場は、戦時中、日本軍が建設した。エアマンダレーヤンゴンエアウェイズの2社が就航している。


シャン州(Shan States)はミャンマ-の北東に位置しており、中国、ラオス、タイと国境を接したミャンマ-最大の面積を持つ州である。ここは現在も多くの民族が、それぞれ異なる風習、文化、言語を持ちつつ、ともに暮らす世界である。

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シャン州に定住する多くの民族の中でも、シャン族は最も大きな勢力であるが、その民族の源流を求める作業は簡単ではなく、過去に何度か発生した中国南部の民族の「南への移動の波」の歴史から推測するしかない。シャン人の祖先は、もともと中国南部雲南省あたりからインド北東部アッサム、シャン高原、そして現在のタイの辺りまで移動していったと見られる。その説を支えるひとつの例証として、シャン人、タイ人の文化の中の多くの共通点があげられる。例えば、シャン人は自らを「タイ(Tai)」と呼び、自らの国を「モンタイ(タイの国)」と呼ぶ。タイ人の方でも、自らをタイ(Thai)、シャムと名乗り、また上座仏教をともに信仰している。


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シャン州は、1962年まで33の小藩に分かれていて、直系男子による世襲制の藩族(ソーボワ)が各小藩を支配していた。ちなみにソーボアは、シャン語で「天の支配者」を意味する「サオ バー(Sao Hpa)」を、イギリス人が「誤って」ソーボアと発音し、それが定着したということらしい。ソーボワを中心とするこの封建体制は、よくこの地を治めた。19世紀植民統治に入った英国人は賢明にも、歴史の知恵に抗わず、宗教、文化、歴史に根ざしたこの統治体制には手をつけなかった。

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前置きが長くなったが、英国植民地時代、33のソーボワが定期的に集まり、シャン州全体の政策を協議する評議会が開かれていたのが、ここ州都タウンジーである。イギリス人の避暑地として開発されたこの町は、1962年ネウィンによる軍事クーデターを機に、ソーボワによる支配体制は解体し、今ではこのようにのどかな一地方都市となっている。目立つ観光サイトはなく、「地球の歩き方」のタウンジーの説明もわずか8行だが、みどころは多い。
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# by iyasaca | 2005-12-06 21:54 | ミャンマー連邦 | Comments(0)

マンダレーにいってみた

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ヤンゴンの北720キロ。ミャンマー第二の都市であるマンダレー(Mandalay)にいってみた。国際国内共用のヤンゴン空港から、プロペラ機で約1時間半。飛行機はフランス製が多いようだ。写真はヤンゴン空港。奥に見える立派な建物はVIP専用。手前の平屋建ての建物がターミナル。写真には見えないが、さらに向こうには新しいターミナルが建設中。


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マンダレーは町の中央に王宮があり、町全体も碁盤の目状になっている。王宮は一辺約3キロの正方形で幅70メートルの堀に囲まれている。お堀の向こうに見える山は、マンダレーヒル。
マンダレーは、中国(雲南)との交易の拠点都市で、ヤンゴンにはない活気がある。何よりもマンダレーは1930-40年代、英米がインド、ヤンゴン(ラングーン)、マンダレーを経由してラシオ、雲南省、そして重慶の蒋介石軍に対日戦用の武器・弾薬を送り込む輸送ルート(援蒋ルート)の要衝でもあった。現在は、物流が逆転し、マンダレーには"Made in China"が溢れている。


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王宮(Mandalay Palace)
この王宮は、1857年にミンドン王により都がマンダレーに遷された際に、4年間の歳月をかけて、造営されたもの。
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ミンドン王没後の1885年に後継のティーボー王が、イギリス軍との戦いに敗れ、インドへ追放された後も、王宮は英軍により、軍事施設として使用されてきた。しかし、1945年3月の英印軍と日本軍との戦いで、王宮の建物群は破壊されてしまった。
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当時の姿のまま残るのは城壁のみ。現在観光客用に公開されている建物群は、その後再建されたもの。


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再建された建物群が連なるのは、王宮の東側の一画のみ。よって、入り口も東側の門しか開放されていない。敷地のほとんどはご覧のように、現在もミャンマー国軍用の宿舎など軍用施設として使用されている。

王宮の公開時間は8:00-17:00。日中は暑いので午前中の早い時間か、夕方に行く方がよい。入場料5ドル。



<マンダレー関連リンク>
アジアの黄昏
見やすいレイアウトでマンダレーの観光情報が簡潔にまとめられています。
PING LONGミャンマー現地生情報
ガイドブックよりもずっと現地の生活に密着した情報が得られます。何よりも情報量が多いので、ミャンマーを訪れる前に関心のあるエントリーを見るだけでも旅がより楽しめるでしょう。マンダレーというよりもミャンマー一般に関するブログ。
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# by iyasaca | 2005-12-04 09:47 | ミャンマー連邦 | Comments(2)


知ることで景色が変わる。誰にも頼まれてないですが、あちこちにいってきます。
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