勝手に僻地散歩



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ミクロネシア連邦にいってみた その1

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ミクロネシア連邦に来ている。

本ブログでは、マーシャル諸島パラオ共和国のエントリーを投入してきたが、これから何回かにわたり、ミクロネシア地域の盟主、ミクロネシア連邦をカバーする。

<リンク>
『ポナペ島』管見―京都探検地理学会ポナペ島調査(1941)の足跡をたどって―
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by iyasaca | 2014-01-18 00:00 | ミクロネシア連邦 | Comments(0)

名護市庁舎にいってみた

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那覇より国道58号線を北上し名護市に入ると、ほどなく右手に燻んだ紅色の格子が目を惹く建物が目に入る。名護市庁舎である。

行政地区としての名護市の歴史はさほど古くない。1970年に1町4村の合併で発足したのである。行政サービス提供の拠点たる市庁舎建設は、名護市発足当初からの念願であった。

建設にあたっては、敷地の選択から検討が行われた。名護市市庁舎建設委員会における慎重な審議の結果、市街地の中心部にあった教育委員会の敷地を活用すると決定した。

設計については公募することとなった。市庁舎設計の精神については、「名護市庁舎設計競技の趣旨」に見事に表現されているので、抜粋して紹介する。

主催者は、今回の競技において・・・「沖縄における建築とは何か」、「市庁舎はどうあるべきか」という問いかけに対し・・・、沖縄の風土を確実に把え返し、地域の自治を建築のなかに表現し、外にむかって「沖縄」を表明しうる建築をなしうる建築家とその案を求めるものである。

この公募には308件の応募があった。第一席入選者に選ばれたのは象設計集団である。この名護市庁舎は象設計集団の代表作となる。

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市庁舎の建設は、市制施行10周年の記念事業として1980年3月に着工、翌年4月に竣工した。朱色に塗られた柱は、琉球伝統の瓦の色を想起させる。格子状とすることで、自然の風を活かし、年間を通じ、空調を要さないよう意匠を凝らしている。柱の上には、56体のシーサーが鎮座している。この56という数字には、名護市内の55の集落の数と中心たる名護市役所の1を加えた数であると言われている。

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シーサーの数についての真相は、市庁舎建設当時に名護市教育長の座にあった比嘉太英氏が週刊レキオ1388号の島ネタCHOSA班にて語っている。
 「・・・シーサーね。当初はね、シーサー乗せる計画すらなかったんですよ。でも館(庁舎)ができたでしょ、沖縄では屋根にシーサー乗せるさー。だから、柱に乗せようと数えたら56本あって、構造上問題ないっていうし、せっかくだから全部に乗せようってね。シンプルな話よー」

ということらしい。おおらかな話である。

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名護市庁舎にあるシーサーには、さらなる効果もあったようである。比嘉氏によれば
「名護は戦前からヒートゥ(イルカ)が貴重なタンパク源でね。最盛期には一度に300頭もの群れが来ていたわけ。でも潮の関係とか法律が変わって、今は来なくなったさ。漁師さんたち困ってね、”56ものシーサーが海ににらみを利かせているからヒートゥが来なくなった“って抗議もあったりしてね」

風土を捉え、自治の精神を顕現し、外に沖縄を表明する名護市庁舎は、1981年、第33回日本建築学会作品賞を受賞している。
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by iyasaca | 2014-01-11 00:00 | 沖縄 | Comments(0)

甲午

本年の干支は甲午(きのえ・うま)である。

甲とは、草木の芽が、冬の間かぶっていた固い殻を破って頭を少し出した様子を表した象形文字である。転じて、「はじめ」、「はじまる」との意味がある。ただし新しいものの中には、あっという間に、その新鮮さを失い、堕落し、勢いを失ってしまうものもある。このことから、甲は狎(な)れにも通ずる。新しいものが定着するに値するものであるか、その萌芽をよくよく見極めなければならないということである。

午とは、上の字画は地表、下の字画にある十は、下から陰が陽を押しのけて上に上昇する象形である。説文解字に「午は忤なり」とある通り、反対勢力の突き上げを示していることから、転じて「そむく」、「さからう」との意もある。また午には「たづな」に結び、馬を御する索(つな)の意があるとの解説もある。

従って甲午とは、旧くからのシステム、考え方とは異なる新たな勢力が革新の動きを始め、体制の突き上げを図る年である。新たな動きは、旧体制を破りかねないものであり、その是非をめぐって大いに紛糾するため、指導者が、暴れ馬を御するがごとく、大いに手腕を振るうべき時とも読める。

この前の甲午は1954年である。この年は公職追放を解かれて政界復帰した鳩山一郎が、吉田茂率いる自由党内の不満分子や野党勢力を糾合し、日本民主党を結成した年である。また1953年の選挙で199議席(466議席中)を獲得し第一党となった吉田茂率いる自由党は、内紛により吉田が総裁職を緒方に禅譲、この動きが翌年の保守合同へつながっていった年であった。まさに吉田体制を破り、新しい55年体制へ向かう端境期であったのである。

さて翻って現在の状況を見てみれば、日本を取り巻く情勢は、おそらく戦後最も緊迫したフェーズに入ったと言えるだろう。中国は勢力圏の拡大を企図した境界での動きを継続し、韓国も伝統的にそうであったように、周辺情勢に引きずられるような動きを見せるであろう。そのような中で日本の国内世論に大きな変化が起きている。

戦後一貫して大手マスコミが寄り添ってきた戦後民主主義的な論調とネットが増幅する国民感情の乖離にその萌芽が見える。この状況に二分された両勢力は、仲間を国内だけにとどまらず、海外にも求めていくであろう。自らの意見の正当性を訴えるに、アメリカはこう言っている、中国、韓国もこう言っているという形での意見の応酬がより一層顕著になることだろう。

旧体制を破る革新の歩が定着するのか、そうでないのか、その動きを暴力を介さずに進めることができるのかどうか、指導者たちの手綱さばきにかかっている。皆様にとって良いお年となりますように。
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by iyasaca | 2014-01-03 13:25 | 新年のご挨拶 | Comments(0)


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