勝手に僻地散歩



修善寺温泉・新井旅館にいってみた その3

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<写真:雪の棟から天平風呂方面を撮影>
このロビーがある瓦葺の真壁造りの木造三階建ての棟は、大正8年に建築されている。大正14年4月10日から5月6日にかけて神経衰弱の療養のため芥川龍之介が長逗留した際には、この棟で「温泉だより」を執筆している。また4月17日に室生犀星に宛てた書簡の中で「誰にも見せぬやう願上候」と但し書きがついていたこの詩はよく知られている。

欺きはよしやつきずとも
君につたへむすべもがな
越のやまかぜふき晴るる
あまつそらには雲もなし

また立ちかへる水無月の
欺きをたれにかたるべき
沙羅のみず枝に花さけば
かなしき人の目ぞ見ゆる

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<写真:ウェルカムサービスの抹茶と幸四郎>
すぐに宿の案内係に別室に案内され、チェックインの手続きをする。といっても名前と連絡先を書くだけであるが、鍵を持ってきてもらうまでの間に、抹茶と幸四郎という和菓子が供される。幸四郎は松本幸四郎が命名したという。

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<写真:記念写真の申込用紙>
チェックインにしては少し遅い時間帯であったためか、他に客の姿はなかった。しばらくすると記念写真を即日絵葉書にするというサービスがあるという。撮影場所は三ヶ所から選べる。玄関前、庭園、渡りの橋のいずれかであるというので、渡りの橋を選んだ。

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<写真:渡りの橋、明治32年建築、登録有形文化財>
フロントのある月の棟と雪の棟とを連絡するこの屋根付きの太鼓橋は、明治32年に掛けられた。橋の玄関側の勾配は滑り止めの横木が打たれているほどに、結構な角度であるが、手すりの高さを、手前が高く奥を低くする遠近法を取り入れたことにより、見た目には高低差を感じないような造りとなっている。当時東京から修善寺を訪れるにはまる一日がかりの行程であり、長い旅の末にたどり着いた宿泊客に少しでも疲れを感じないようにしてもらいたいという大工の心遣いのあらわれであるという。床は小福板が目透かしに貼ってあり、橋の下を流れる水流が見られる趣向になっている。この渡りの橋も有形文化財に登録されている。

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<写真:だんだん走りにもびくともしない渡りの橋>
朝方、渡りの橋が見えるロビーの一画で新聞を読んでいたら、配膳係の男の子がお膳を持って渡りの橋をだんだん音を立てて走って渡っていった。お膳もひとつだけではないから、「だんだん走り」は一度だけではない。
「おいおい文化財だぜ」
と思ったが、周りの旅館の人も何も言わない。たらたら配膳するよりも、素早い仕事を奨励しているのだろう。このように日常の中にある文化財は、それくらいおおらかに使ってもいいのだと思い直した。これも新井旅館の魅力だろう。
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by iyasaca | 2010-04-17 08:54 | 静岡 | Comments(0)
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知ることで景色が変わる。誰にも頼まれてないですが、あちこちにいってきます。
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